にーたろーげ★ブログ

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クマ問題と命の価値|聖書の神さまはどう見てる?

人と動物を造った神

こんにちは、にーたろーげ です♪

近年、クマによる被害が増えました。

昨年だけでも人が命を落とした報告が相次ぎ、ペットが襲われたケースもあります。地方で暮らす私にとっても、決して他人ごとではありません。

国や自治体の対策では、山から降りてきたクマを駆除するだけでは被害を防ぎきれず、冬眠中のクマを狙う「穴撃ち」も行われるようになりました。

一方で、SNSなどでは「なぜクマが人里に現れるようになったのか」「共生はできないものか」「穴撃ちはやりすぎだ」といった声も多く聞かれます。

このように、命の問題に直面したときは聖書を開くようにしています。人や動物を創造した神さまは、今の状態をどのように見ているのでしょうか。

 

なぜ人里に降りるのか

森に実るドングリ(クマの主なエサ)

そもそも、なぜクマが山から降りてくるようになったのでしょうか。

環境省・自然保護団体・研究者などの調べでは、クマと人間の生活環境がそれぞれ変化したためと考えられています。

 

①エサ不足
・ドングリ凶作
・気候変動

 

②人間社会の変化
・過疎化
・放置された里山
・空き家
・耕作放棄地
・森林開発(メガソーラー設置など) 

 

③クマ側の変化
・個体数増加
・人間に慣れた

 

④政策の影響
・保護政策
・狩猟減少

 

<主な対策として>
・電気柵などの防除
・長期的な棲み分け
・森林管理
・やむを得ず駆除

 

冬眠中の穴撃ちについて

巣穴の中で子どもと過ごす親グマの穏やかな時間

クマの穴撃ちとは、冬眠のために穴の中で眠っているクマを棒などで起こし、外に出てきたところを至近距離で仕留める猟法のことです。古くからマタギやアイヌ民族などの間で行われてきました。

穴撃ちは、一発で仕留めなければ反撃を受ける危険が伴い、猟師にとっても命がけの行為です。それなのに、なぜ再び行われているのでしょうか。

その背景には「個体数管理」という考え方があります。つまり人の手によってクマの数を調整しようという試みです。

 

①国(環境省)
・方針を決める
・ガイドラインを作る
・法律整備(鳥獣保護管理法)

 

②都道府県
・クマの数を調査(推定)
・管理計画を作る
・駆除、捕獲の方針を決める

 

③市町村
・実際の被害対策
・出没情報の管理
・住民への注意喚起

 

④猟師(ハンター)
・捕獲
・駆除を実行

 

⑤研究者・大学・保護団体
・個体数の確定
・生態調査
・データ提供

 

ただ、野生動物の正確な数を把握することは難しく、多くの場合、出没件数や被害の増加をもとに導き出されています。つまり、実際に増えているのかどうかは推定の域を出ないのです。

また、母グマは冬眠中に穴の中で子どもを産みます。ほとんど何も食べずに半覚醒の状態で子育てをするため、たいへん無防備な状態です。

そこを狙って撃ち殺すというのは、「倫理的に見てやりすぎではないか」という声が多く聞かれるようになりました。

 

聖書の神さまの答え

羊を抱くイエス・キリスト(すべての命を大切にされる姿)

では、このような現実を前に「聖書」はなんと語っているのでしょうか。

 

人とクマは共生すべき?

創世記1:30
また、生きるいのちある、地のすべての獣、空のすべての鳥、地の上をはうすべてのもののために、すべての緑の草を食物として与える。

👉ポイント
はじめに神が造った世界には、殺し合いや奪い合いがなかった。

イザヤ11:7-8
雌牛と熊は草をはみ、その子たちはともに伏し、獅子も牛のように藁を食う。乳のみ子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。

👉ポイント
神の計画は、生き物がともに暮らすことであり、その時は必ず来る。

 

個体数管理(穴撃ち)はOK?

詩篇24:1-2
地とそこに満ちているもの、世界とその中に住んでいるもの、それは主のもの。主が、海に地の基を据え、川の上に、それを堅く立てられたからだ。

👉ポイント
すべての命の所有者は、人ではなく神であり、クマも例外ではない。

箴言12:10
正しい人は、自分の家畜のいのちを知っている。悪しきものは、そのあわれみさえ残忍である。

👉ポイント
神は人に動物の管理を命じるが、残忍な扱いは明確に否定している。

 

神が人と動物に与えた役割

創世記2:15
主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。

👉ポイント
神が人に与えた役割は、自然界を壊すのではなく、守ることだった。

創世記1:20
人はすべての家畜、空の鳥、すべての野の獣に名を付けた。しかしアダムには、ふさわしい助け手が見つからなかった。

👉ポイント
動物は、人の代わりにはなれないが、人とともに生きる仲間である。

 

【人と動物の立ち位置】

・動物と自然界 → 被造物
・人 → 神と交流できる特別な存在

これは、弱肉強食の頂点に立つ人間が、自然界を自由に支配してよいという意味ではありません。むしろ神さまに近い存在だからこそ「被造物を守る」という役割が与えられたのです。

そして今は理解できなくても、壊れた世界は必ず新しい天と地に回復すると約束されています。そこにはもはや、死も苦しみもありません。

▼なぜ理想の世界が壊れたのか、詳しくはこちらの記事にまとめました。

天国と地獄は実在する?|聖書が語る死後の世界

 

おわりに・・・

今回のクマ問題は、どちらの立場に立ってもたいへん心が痛みました。

聖書には、こんな箇所があります。

「人の命は神の前に立ち、すべての生き物の命は神の御手の中にある」

被害にあわれた方や、駆除されたクマの命は、目に見えなくても神さまの手の中にあります。そして神さまは、生きているすべての命とともにいます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました (^^♪

聖書のみことば

~命は主のもの~ 詩篇24:1-2

地とそこに満ちているもの、世界とその中に住んでいるもの、それは主のもの。主が、海に地の基を据え、川の上に、それを堅く立てられたからだ。

新改訳2017(©新日本聖書刊行会)
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