にーたろーげ★ブログ

クラリネットと聖書

動物や地球環境を守ろう!ドイツのティアハイム

フロイデ!

 

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こんにちは、にーたろーげ です♪ 

 

以前、尊敬する指揮者のもとで「一般人も第九を歌える!」という企画があったので、ベルリンまでストーカーしに行ったことがありました。実は第九も合唱も未経験でしたが、その指揮者の合奏に参加できることが何よりの喜びだったのです。

 

人生初の海外がベルリン!街並みは絵画のように美しく、宿泊したホテルBerlinBerlinが所在するティーアガルデンの中心地区には、広大なベルリン動物園や、ベルリンフィルハーモニーコンサートホールなどが立ち並んでいます。

 

本当は、単独時間を使ってベルリン郊外にある動物保護施設に行きたかったのですが、ドイツで迷子になったとかシャレになんないので、あきらめました(笑)

 

今回は、ヨーロッパで一番大きな動物保護施設ティアハイムのご紹介です。

 

 

ティアハイムって何?

 

動物愛護先進国のドイツでは、犬や猫を家族に迎えるときに、いくつもの段階を経る必要があります。ヨーロッパにはほとんど「ペットショップ」がないので、動物保護施設に足を運ぶことが一般的です。

 

ベルリンにある、世界一大きなティアハイム

 

ティアハイムとは、寄付を資本として、私的に運営されている動物保護施設のこと。ドイツ語で「動物の家」という意味です。

敷地面積は16ヘクタール。サッカーグラウンドが22面入る広大な敷地には、猫棟、犬棟、小動物小屋、鶏小屋などの他、豚、ヤギ、羊、ガチョウ、鶏、爬虫類、猿などが保護されていて、年間の受け入れ頭数は1万頭にのぼります。ここに保護されている動物のほとんどは、飼い主の都合(引っ越し、アレルギー、長期旅行、性格の不一致など)により持ち込まれた場合がほとんどで、費用は全て寄付で賄われています。

出典:

 

ここにいる動物たちと触れ合いながら、面談、書類審査、予防接種費用の支払い、家庭訪問を経て、やっと本格的に家族へ迎え入れることが出来ます。

 

ベルリンに訪れて驚いたのは、飼い主と歩く犬たちがとてもお行儀よく、どの子もリードにつながれていませんでした。電車やレストランなど、ほとんどの場所にご主人と一緒にお出かけできます。道路ではきちんと信号待ちもしていました。

 

それもそのはず、ドイツでは犬と一緒に飼い主も「ドッグスクール」へ通い、人間社会で共存出来るように、しっかりとしつけられているからなんですね。

 

殺処分の現状

 

ドイツには、全国に約500箇所のティアハイムが存在し、そこで9割以上の犬や猫が新しい家族と巡り合っているため、殺処分は行われていません。

 

近年は日本でも、廃校になった小学校で動物保護を行ったり、一般家庭での一時預かりボランティアなどによって、殺処分の数は年々減少しています。

 

しかし、残念ながら環境省の調べによると、平成30年度は3万8,444匹の犬猫が日本で殺処分されました。一部の行政では、未だに二酸化炭素ガスを使用し、安楽死ではなく、苦しみを伴う窒息死による方法を採用しています。

 

 

自然界との共存

 

近ごろは、私が暮らす地方でも、食べ物を求めて熊が山から下りて来ることが多くなりました。人が襲われる事件もあとを絶ちません。環境省では、人身被害を防止するために様々な取り組みを行っています。

 

クマに関する各種情報・取組 || 野生鳥獣の保護及び管理[環境省]

 

もともと犬や猫も、熊と同じように自然界で暮らしていた動物です。

 

しかし聖書には、こんな箇所があります。

 

創世記 1:25~26 神は、種類にしたがって野の獣を、種類にしたがって家畜を、種類にしたがって地のすべてのはうものを造られた。神はそれを見て良しとされた。神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」

 

神さまは種類ごとに、野生に適した生き物と、家畜やペットに適した生き物とに性質を分けて造られたんですね。そして最後に、特別な存在として造られた人間は、「すべての生き物を支配するように」という役割を与えられました。 

 

つまり私たちは、家畜やペット、そして野生動物が住む世界を無くさないように、地球規模で環境を守っていく責任があるということではないでしょうか。

   

 

聖書のみことば

~天地創造~ 創世記 1 ・1~5

初めに、神が天と地を創造した。地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。神は光を見て良しとされた。神は光とやみとを区別された。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。