にーたろーげ★ブログ

クラリネットと聖書

横田めぐみさんのお父さんとお母さんを支えたもの

私たちに出来ること

 

こんにちは、にーたろーげ です♪ 

 

2020年6月5日、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお父さんが、天に召されました。めぐみさんのお父さんとお母さんは、クリスチャンということもあり、共に祈りながらずっと拉致問題と向き合って来られたのでしょうね。

 

テレビや新聞で知ることの出来なかった情報も、今ではSNSでたくさん目にするようになりました。発信の目的はどこにあるのか、しっかり見きわめる力を養いつつ、私も何かのお役に立てれば幸いです。

 

今回は、こちらの牧師さんの動画をお借りしました。 

youtu.be

 

www.sukuukai.jp

 

拉致問題の真実

 

北朝鮮の工作員による日本人の拉致は、1960年代から始まっていました。

 

はじめに注目されたのは、1963年の寺越事件です。石川県でメバル漁をしていたお父さん二人の息子が、海で北朝鮮の工作員と出会い、そのまま連れ去られました。24年が経ち、途方に暮れるお母さんの元に、息子から「今、北朝鮮にいる。さらわれた。」と手紙が届き、拉致されたことが明らかになりました。

 

拉致問題はさらに本格化して、1977年には新潟で横田めぐみさん、1978年には蓮池薫さんと恋人の祐木子さんが拉致されました。日本からは、計800名以上の人が連れ去られたと言われています。同時期の1976年から二代目となった金正日が、「現地人に見せかけるために世界中から拉致して来い!」と命令したからです。

 

1987年に起きた大韓航空爆破事件では、逮捕された犯人が、「日本から拉致されてきた人物に日本人教育を受けた。」と供述したことから、警察がその人物を特定するために日本人3000人を調査し、ついに田口八重子さんと判明しました。

 

警察は、田口さんを拉致したであろう工作員3人を突き止め、1990年5月10日に逮捕状を持ってアジトへ踏み込もうとした前日、突然、政治の力によってもみ消されました。「理由は聞くな、ある事情でこの操作は打ち切る。誰にも言うな。」と。

 

当時、北朝鮮の金正日は、日本との国交正常化を望んでいました。

 

なぜなら、前年の1989年にベルリンの壁が崩壊し、東ヨーロッパの共産圏は次々と倒れ、ルーマニアのチャウシェスク大統領夫妻が処刑されたからです。

 

金正日は、「次は俺の番だ」と震え上がりました。

 

翌年の1990年9月、ソ連のシェワルナゼ外務大臣が北朝鮮に渡り、「今後は韓国と国交を結ぶ」と伝えたことにより、金正日はすっかり弱気になりました。

 

そしてその3週間後、日本から自民党の金丸信と、社会党の田邊誠を北朝鮮に迎え、手厚くもてなしたのです。「日本と国交を結べば、経済支援金をもらって生き残れる」と考えたからですね。

この時、明らかに日本は有利だったにも関わらず、なぜか二人は拉致問題に関して、一言も触れることはありませんでした。

 

国会では、すでに二年前から拉致の可能性を重く取り上げていたにも関わらず、日本を代表する二人が北朝鮮に訪れたことも、マスコミは一切報道しませんでした。

 

そこで横田ご夫妻は、「娘の顔写真と名前を公表して世論に訴えるしかない!」と考えました。専門家は娘さんが危険です!と忠告しましたが、ご夫妻は大きな賭けに出たのです。少しでも話を聞きたい人のところに出向いて講演を始めました。

 

数年後、アメリカの大統領がクリントンからブッシュに変わり、力を見せつけ始めました。モラルや人道では動かない北朝鮮も、力には弱かったのです。

 

そして2002年、当時の小泉純一郎総理と、安倍官房副長官が北朝鮮に渡り、とうとう日本人の拉致を認め、謝罪させる事に成功しました。しかしこの時、「13人のうち5人は返すが、あとの8人は、めぐみさんも含めて死んだ」と告げられたのです。

 

それを聞いためぐみさんのお父さんは、会見で涙につまり、言葉が出なくなってしまいました。その時、お母さんの早紀江さんが代わってこう言ったのです。

 

「あの子は、大きな使命のために、大きな存在によって、この日本に立てられた器だと思います。」と。

 

この頃、北朝鮮の対応にずっと不信感を持っていた安倍さんは、横田ご夫妻のところに訪れてこう言いました。「死んだというのは北朝鮮の言い分で、証拠を一つも上げられない。送られて来た遺骨も別人だった。めぐみさんは生きています!」

 

日本は今、北朝鮮に対して世界で最も大きな経済制裁を行っています。けして終わったわけではないこの問題に、これからも強く立ち向かいます。

 

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聖書と出会ったきっかけ

 

横田早紀江さんは、めぐみさんの行方が分からなくなった時、友人から聖書を学ぶ集いに招かれました。その時に与えられた箇所は、ヨブ記でした。

 

ヨブ 1:21

主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。

 

この御言葉に触れた時、誰もが、「なぜ良い人に悪い事が起こるのか・・・」という疑問に直面します。しかし早紀江さんは、

 

「私には分からない。でも、主は最善以下のことはなさらない。人間の理解を超えた酷いことの中にも、神さまの深い計画と配慮がある。」と答えました。

 

横田ご夫妻は、創造主への深い信頼によって、ずっと支えられてきたのですね。

 

私たちクリスチャンも、神さまの時を信じてこの問題の解決を祈ります!

 

 

聖書のみことば

~すべてを失った時~ ヨブ記 1 ・20~22

このとき、ヨブは立ち上がり、その上着を引き裂き、頭をそり、地にひれ伏して礼拝し、そして言った。「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」ヨブはこのようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった。